山口雅弘とユートピア建設

社長の生い立ちからユートピア建設の歴史

  1. 生い立ち

    生い立ち

    生い立ち

    私は、ここ岡崎で生まれ育ちました。材木屋の5人兄弟の3番目の
    長男として生まれました。貧乏で6帖2間の小さな家に家族で肩を
    寄せ合って暮らしていました。
    跡取りということもあって、母からは随分可愛がられました。おやつのバナナが5人分ない時でも優先してもらっていたくらいです。そんなこともあって家の中ではだだっ子で母をたびたび困らせました。

    父はそんな生活状況を抜け出して人並みの生活ができるように、家族の為に夜遅くまで毎晩仕事をしていました。
    なので、父はどこか遠い存在で恐かった記憶があります。

    小学校の低学年からナタを使ってお風呂の薪割りをしていました。薪には普通の太い薪と焚き付け用の細い薪があります。
    それをつくり分ける為に、木の目をよんで焚き付け用に向いている木を見分け、割り箸のような細い薪をつくっていました。
    この頃の経験が後に材木を見分ける力になりました。

  2. 子供の頃

    子供の頃

    子供の頃

    子どもの頃から手先が器用で、図工で表彰されたこともあります。 プラモデルが好きで、母から「ご飯食べりん」と言われても聴かずに熱中していた記憶があります。 今見返すと、小学生とは思えない完成度に、自分でも驚きます。今の私にはとても無理です。でも勉強は苦手で、九九には苦戦しました。

  3. 厳しい言葉

    厳しい言葉

    厳しい言葉

    勉強が嫌いなこともあって、高校では余り勉強せずに仲間とつるんでいました。 でも、家業の材木屋の手伝いはしっかりとやっていました。 将来はこのまま材木屋を継ぐことになるだろうと思ってがんばっていたのですが、ある日父親の住宅屋の知り合いからこんな事を言われました。 「将来材木屋ではどの道食えなくなるぞ。」

  4. 必死に勉強、資格取得

    必死に勉強、資格取得

    必死に勉強、資格取得

    確かに材木屋の業界は、大手以外は厳しい経営状況になる流れが出来ていました。私は将来に不安を覚え住宅屋に修業に出ることにしました。 修業中の身なのですごく安い給料でしたが、住宅屋として必要な全ての経験を積むことができました。この時の経験はかけがえのない財産として今でも役立っています。
    21歳から3年間働きながら勉強しました。
    仕事が終わって7時から専門学校に行って帰るのが10時位でした。
    大変でしたが、無事に23歳で2級建築士に一発合格、すぐに宅地建物取引主任者にも一発合格しました。

  5. 設計事務所へ入社

    設計事務所へ入社

    設計事務所へ入社

    宅地建物取引主任者を合格後、1年間設計事務所の建築士として入社しました。
    入社後、住宅の図面を描き、役所に建築許可を得る為の煩雑な確認申請の手続きを経験しました。これで、設計・申請・施工の一連の仕事を全て経験したことになりました。

  6. 突然の倒産

    28歳の時、ある建設会社の下請けとして工事を請け負っていたのですが、

    ある日、その元請けの会社が倒産してしまいました。

    私は、現場の大工さんの給料と材木代合わせて300万の負債を背負うことになりました。
    困り果てた私は、ダメ元でその会社に集金に行きました。
    出てきた社長は私に「ないものはない。」と開き直って応えました。
    私は、私の負債だけでなくお客様の家を完成させる責任があると思って、一生懸命に食い下がりましたが、その社長は結局お金を払ってくれませんでした。 工事は中断されることになり、お客様に辛い思いをさせることになりました。お客様の気持ちを思うと、私はとても悔しくて、「こんな悲惨なことは誰も経験しない方がいい。」とその時強く思いました。 でも、下請けのままでは何もできません。そこで、責任ある元請けの会社にならなければお客様を守れないと考えて、父の事務所の一部屋を借りて、

    八畳一間のユートピア建設を設立しました。

  7. ユートピア建設のはじまり

    ユートピア建設のはじまり

    ユートピア建設のはじまり

    この小さな部屋から、ユートピア建設がはじまりました。
    無借金経営をユートピア建設が志したのは、この時の辛い経験があったからです。
    請けの会社になりたくて、会社を設立したのはいいのですが、しかし会社があったからといって元請けの会社になれるわけではありません。 どうしていいかわからず、結局知り合いから大工仕事や、ペンキ塗り、図面の製図などの下請けの仕事をしながら生活していました。

  8. 初めての契約、そして決意

    初めての契約、そして決意

    初めての契約、そして決意

    36歳のときに、このままでは家づくりの元請けとして責任ある仕事が始められないと思い、『アキュラシステム』という営業システムをコンサルティング会社から購入しました。
    当時の私には高額で相当の覚悟が必要な買い物でした。
    ところが購入後届いたのは、ダンボール箱の中に入った冊子の束で、これを見たときはだまされたと思いました。
    しかし、その内容を理解し実践することで、初めて家づくりの元請けとしてお客様と直接ご契約をさせていただきました。この時、

    「ぜったいにお客様に喜んでもらえる家を建ててみせる」

    と、強い決意と責任を感じた事を覚えています。

  9. イシンホームへ加盟

    イシンホームへ加盟

    イシンホームへ加盟

    38歳で、当時全国100社が参加する『イシンホーム』に加盟しました。
    『イシンホーム』は、阪神淡路大震災を教訓に、強い構造をもった家が特徴のブランドです。
    私は、家は地震に強くあるべきで、木材の強度にこだわりを持って家づくりをしていたので、イシンホームの考え方に共感しました。
    その為、イシンホームの家の良さをお客様に上手く伝えることができたのか、新築の仕事を多くいただけるようになりました。従業員も一人二人と増えていきました。

  10. 事務所を壊しモデルハウスを立てることを決意

    事務所を壊しモデルハウスを立てることを決意

    事務所を壊しモデルハウスを立てることを決意

    39歳で、モデルハウスを建てることを決意しました。小さな工務店がモデルハウスを建てるのには、勇気と覚悟が必要でした。
    しかし、もっとたくさんのお客さまに、ユートピア建設がお客様の家づくりのお手伝いをしていくには必要な投資だと考えて、8帖1間の事務所を取り壊してモデルハウスを建てる事を決断しました。

    事務所の解体初日、壊されていくそれまでの事務所を眺めながら、心の中で「今までありがとう」という感謝の気持ちと、「これから頑張っていくんだ」という強い思いでいっぱいになりました。こうしてユートピア建設の想いが詰まったモデルハウスが完成しました。 その後、おかげさまでこのモデルハウスが多くのお客様との出会いを育んでくれました。

  11. 出会いそして結婚

    出会いそして結婚

    出会いそして結婚

    41歳で妻の玲以子と結婚しました。
    彼女との出会いは、その年ユートピア建設がイシンホームの全国大会で表彰された為、その情報を知った彼女が現場見学に来た時でした。勉強熱心な彼女の姿に心惹かれ、食事に誘ってみました。
    彼女は私の誘いを受けてくれました。
    その後、彼女の仕事に対する責任感と一生懸命頑張る姿に感動して、結婚するなら彼女しかいないと結婚を決意しました。

  12. 双子を授かる

    双子を授かる

    双子を授かる

    その7年後、双子の男の子を授かりました。それまでは子どもが苦手だったのですが、今では知らない子でもかわいいなあと思ってしまうくらいの子ども好きになってしまいました。 家づくりを考える時、いつも子どもの目線に立って家づくりを工夫するようになりました。

  13. 自社ブランド立ち上げ

    自社ブランド立ち上げ

    自社ブランド立ち上げ

    50歳で、「一緒に はぐくむ 家づくり」をテーマとして、「楽な家」「自遊な家」という自社ブランドを立上げました。
    設立から22年間取り組んできた自社の家づくりのノウハウと、数多くの他社の素晴らしいノウハウを取り入れた自社ブランドです。
    このブランドを立ち上げたのは、家づくりを通して地域や社会にもっと役に立てるようになりたいという思いからです。

  14. また双子を授かる

    また双子を授かる

    また双子を授かる

    上の双子が生まれてから4年後、今度は双子の女の子を授かりました。
    50歳を過ぎて、まさか4人の子供の父親になれるとは。
    これは神様が生涯現役で家づくりという仕事に精進しなさいという意味ではないか…と思い、ますます仕事に家庭に地域に役に立てるようになりたいと強く思うように。

これからますます 本当の意味で住みやすく、幸せを育んでいける家づくり 本当の意味で住みやすく、幸せを育んでいける家づくり を、お客様と一緒になってしていきたいと思っています。

お付きあいするお客様が増えてきましたが、10年目になるお客様のご自宅には、私が家の床下に潜って、安全に過ごせる状態かを自分の目で確認しています。これは、家づくりに関わる者の責任を果たす為に欠かせないことだと思っています。
ユートピア建設を設立したのは、お客様に決して辛い思いをさせず、安心して家族の幸せをはぐくんでもらえるような家づくりをする為です。
ですから、責任ある経営をし、これからも床下に潜ってご家族の安全と幸せを守っていきたいと思っています。

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私、山口雅弘とユートピア建設は、これからもお客様と一緒に幸せをはぐくんでいけるよう、一生懸命に努力して行きます。 皆様のご家族の末長い幸せを願っています。

皆様のご家族の末長い幸せを願っています。
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