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| 社長の想い |
社長のプロフィール
どうして、
あなたは家を建てるのですか?
誰のために、家を建てるのですか? ~社長山口の自己紹介~
僕は、働き者の材木屋を営む父の元に、長男として生まれ育ちました。
もう46年前の話です。
父は、材木だけでなく、物を大事にする人間です。整理整頓をして、使えるものは使う。そんな父の背中を見ながら、父の仕事場で遊んだことを覚えています。
そして、なんとなくこの仕事をするのかなぁ・・・、と子供心に思った記憶があります。
僕が成人に近づくにつれ、材木業界も変わりつつありました。
昔は、個人の大工さんに直接販売し、大工さんが加工していたのですが、プレカット工場と呼ばれる加工工場ができ、そこで加工されるようになってきました。
そして僕が20歳になった時、父の知人が『この先、材木屋では食べていけん。息子は材木屋以外にだせ。』そんな、こんなで建築会社の現場監督として働くことになりました。その後設計事務所に移って、設計の仕事をしていました。
若かったこともあり、28歳で自分で会社をおこし、工務店をはじめました。
ただ、そんな若い僕になかなか仕事を任せてくださる人もおらず、不動産屋さんの下請けとして、建売住宅の木工事を請け負ったりしていました。そんな日々が数年続いたある日・・・。
僕が仕事をさせていただいていた不動産屋さんが倒産。
突然のことでした。当然、いままで工事をした、お金を支払ってもらうことができませんでした。そして、それよりも悲惨なのは、建築途中のお客様です。お金は支払ったのに、家はできていないのです。
今だから、こうして書くことができますが、あの時は本当に大変でした。住まれる方は、なんとか家ができましたが、不安の日々だったと思います。結局、職人さんへの最低限の人件費は支払われましたが、僕はただ働き同然。その年の年収は200万円もなかったです。
その時、僕は下請け仕事をしない。と、心に決めました。
こんな悲惨な思いをする人をだしてはいけない。そんな仕事をしてはいけない。
家は造るまでも、もちろん大事ですが、家はできてからも、定期的に手をいれていかなければいけません。そのために、造った人間が責任をもって、家のホームドクターにならなくてはいけない。そのことを心に決めました。
口下手な僕は、現場が大好きですが、接客は正直言って、ニガテです。僕はみてくれがいいわけでもないですし、お世辞も言えないです。それでも、責任をもって、いい家を建てて、いつまでも見守っていくこと、そして家を大事にする気持ちは、誰にも負けません。
そして、この苦い経験をばねにして、自分で仕事を受注するようにしました。
あなたは家を建てるのですか?
誰のために、家を建てるのですか? ~社長山口の自己紹介~
僕は、働き者の材木屋を営む父の元に、長男として生まれ育ちました。
もう46年前の話です。
父は、材木だけでなく、物を大事にする人間です。整理整頓をして、使えるものは使う。そんな父の背中を見ながら、父の仕事場で遊んだことを覚えています。
そして、なんとなくこの仕事をするのかなぁ・・・、と子供心に思った記憶があります。
僕が成人に近づくにつれ、材木業界も変わりつつありました。
昔は、個人の大工さんに直接販売し、大工さんが加工していたのですが、プレカット工場と呼ばれる加工工場ができ、そこで加工されるようになってきました。
そして僕が20歳になった時、父の知人が『この先、材木屋では食べていけん。息子は材木屋以外にだせ。』そんな、こんなで建築会社の現場監督として働くことになりました。その後設計事務所に移って、設計の仕事をしていました。
若かったこともあり、28歳で自分で会社をおこし、工務店をはじめました。
ただ、そんな若い僕になかなか仕事を任せてくださる人もおらず、不動産屋さんの下請けとして、建売住宅の木工事を請け負ったりしていました。そんな日々が数年続いたある日・・・。
僕が仕事をさせていただいていた不動産屋さんが倒産。
突然のことでした。当然、いままで工事をした、お金を支払ってもらうことができませんでした。そして、それよりも悲惨なのは、建築途中のお客様です。お金は支払ったのに、家はできていないのです。
今だから、こうして書くことができますが、あの時は本当に大変でした。住まれる方は、なんとか家ができましたが、不安の日々だったと思います。結局、職人さんへの最低限の人件費は支払われましたが、僕はただ働き同然。その年の年収は200万円もなかったです。
その時、僕は下請け仕事をしない。と、心に決めました。
こんな悲惨な思いをする人をだしてはいけない。そんな仕事をしてはいけない。
家は造るまでも、もちろん大事ですが、家はできてからも、定期的に手をいれていかなければいけません。そのために、造った人間が責任をもって、家のホームドクターにならなくてはいけない。そのことを心に決めました。
口下手な僕は、現場が大好きですが、接客は正直言って、ニガテです。僕はみてくれがいいわけでもないですし、お世辞も言えないです。それでも、責任をもって、いい家を建てて、いつまでも見守っていくこと、そして家を大事にする気持ちは、誰にも負けません。
そして、この苦い経験をばねにして、自分で仕事を受注するようにしました。
| あれから10年。独立して今年で20期目です。 父の物を大事にする気持ちは、 人を大事にする気持ちにも似ていると思います。 おかげさまで、約200棟以上の家づくりのお手伝いとホームドクターになることができました。定期点検やアフターも、僕が責任をもって、対応させていただいています。 住んでいただいているお客様が安心して暮らしているのを見て、いつも幸せな気分になります。 現在、自宅を岡崎市内に建築中です。 岡崎を中心に、これからも皆様のよい家づくりのお手伝いができるよう、よりいっそう精進していきたいと 考えています。 |
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![]() 所在地 〒444-2135 愛知県岡崎市大門5丁目2番地 交通・アクセス情報はこちら |
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